Design

デザインとの出会い

『人を愛するということは、好きだから選んだというよりも、理由づけが成り立つ地平になく、ただそうなってしまったという感覚を伴うことが多いように感じます』

とあるYouTubeでこんなことを言っていた。たしかに、愛は主観ではなく感覚で成り立つというか、『何となく気が合うなあ』で気づいたら一緒にいるほうがうまくいくような気もする。

このYouTubeは、恋愛や友情といった対人関係について発信していた動画だったが、なんとなく私は、デザインについて重ねてしまった。


私とデザインの出会いは、いつからだろうか。

漫画を描いたり、学校の行事のポスターを作ったり、昔から絵を描いたり物を作ったりすることに夢中だった。

分岐点となったのは、中学3年生のころ。進路に悩んでいたときに出会ったのが、岡山県立岡山工業高校のデザイン科だった。進学校の普通科ではなく、工業高校のデザイン科を選んだ理由は、やはりこのときも何かを作ることが好きで、デザインにも興味があったのでここに進学した。

とても充実した毎日だった。何度中学時代に戻っても、ここを選ぶと思う。だけど自分の実力のなさや、デザインの厳しさを痛感する3年間でもあった。

これはあるあるかもしれないが、デザイン科というのは絵がうまい人やものづくりが得意な人が集まる場所なので、こう思うのは仕方ない。

だから私は自然と、デザイナーになることを諦めていた。

しかし高3の夏、私は思わぬ進路を辿ることになる。第一志望だった企業に落ち、地元の小さな看板とイベント設営をする会社の、グラフィックデザイナーとして働くことになった。

就職するのはいいものの、本当に私はデザイナーとして働きたいのか?という不安がずっと残ったまま高校を卒業。デザイナーになりたくてなったというより、流れでなってしまった。

だけど実際働いてみて、感じたことがある。それはお金をいただいてデザインを作ることが思いのほか楽しいということ。お金をいただくという責任と負荷が、私にとってはかなりエンジンになっていた。


その後も紆余曲折ありつつ、気がつけば10年もデザイナーをやっている。

確かにデザインは『好き』ではある。他者から見ても『好きなことを仕事にしている』と見られていると思う。

しかし個人的には、『デザイナーになったのは、デザインが好きだから選んだというよりも、ただそうなってしまったという感覚』のほうが、実は近かったりする。

10年間、なぜデザインが好きなのか、なぜデザイナーをやっているのか、そんな確かな理由が並んだ地平を、走ってきたのではない。なんとなく、気がつけばずっとデザインをやっていた。

こうなってしまったのはただの偶然ではなく、愛なのかもしれない。


宮崎にて